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2024年1月15日(月)
木のぬくもりや木目の美しさを生かした家具、木工品を製作する宇野剛さん(52)=藤沢市本鵠沼=は、地域密着で注文に応じて作品・製品を生み出している。丁寧な仕事は評判を呼び、小物からカフェの内装まで幅広く手がける。そのこだわりとは?
工房の風景
はい。横浜の保土ケ谷で生まれ育ち、26歳でここ鵠沼に住むようになりました。以前からたまに遊びにきていたんですが、海が近く、空が広いこの地が気に入り思い切って住むことにしました。
いえ、その頃はウインドーディスプレイの仕事をしていました。百貨店などのショーウインドーですね。商品を見せたり、多様なイメージを具現化したりする空間です。学生時代にアルバイトで始めたのですが、面白くなって続けていました。
ウォルナットのカップボード
大学は経済学部です。美術や工作とは無縁でしたが、小さい頃からインテリアが好きだったんです。高校、大学とバンド活動をしていて、ライブハウスで演奏もしていました。33歳まで音楽製作を続けていたのですが、このまま音楽の道を進んでいくかどうか考えて、知り合いのデザイナーの方の助手を務めていたディスプレーの道を選びました。
ディスプレーの作品は、展示期間が過ぎると廃棄処分しなくてはなりません。せっかく作り上げた作品ですが、ゴミになってしまう。どうせ作るのなら、実用的なものを、と考えて家具製作をしようと思ったのです。そうは云っても最初は注文も入らない。年賀状に「木工を始めました」と書いて、友人・知人に送りました。すると友人のひとりから「下北沢(東京)のカフェの仕事をすることになったので、その店で使うテーブルの天板を作ってほしい」と依頼がありました。8台のテーブル天板を製作し、それは木工の初仕事になりました。
リビングの家具一式
蓮の花のアクセサリーケース
タンスなどの家具、絵画用の額縁、小さなものは鍋の持ち手やコースターも作りました。大きなものでは、カフェのテーブルやカウンター、内装、棚、ホテルの壁面に飾る漆を塗り上げる壁板などですね。本鵠沼に作業場を設けて、そこに籠もって製作しています。木製品の修理もしています。木の製品の良さを味わってもらいたいと思っているのです。
タモの杢目が美しい額縁
海を感じるベッド
大学時代からフットサルを仲間と楽しんでいました。チームを作って、練習したり試合に出たり。妻とはそのチームで知り合いました。フラワーコーディネーターなんです。妻から花瓶を置くための木製の台を注文されて作ったこともありました。膝を怪我してしまい、フットサルからは引退しています。
はい。特段の宣伝はしていないので、知人やお客様からのご紹介で木工の仕事を続けています。家具や木の製品を作って「地域の方に貢献したい、役に立ちたい」という気持ちです。作った品物でお客様が喜んでくださることが何より嬉しい。この地域は高齢の方も多いので、製品作りだけでなく、別の仕事でお役に立てることはないだろうか、とも考えています。例えば、お買い物の代行や病院への付き添いのような、いわゆる「何でも屋さん」ですね。どのように立ち上げられるか思案中です。
鵠沼海岸の雑貨店ラ・ドゥスールのクリスマスツリー
宇野さんと知り合ったのは20年近く前になる。当時、私もフットサルを楽しんでいて、地域でちょっとした大会を開こうと考え、参加者を集める過程で、宇野さんのチームに声をかけたのがきっかけだった。聞けば木工品の製作を始められたという。修理も手がけると聞いたので、傷みの激しかった我が家のダイニングテーブルの修繕をお願いした。1カ月ほど後、テーブルは見違えるように、完全に「新品」になって戻ってきた。丁寧な仕事ぶりに驚嘆した。以来、棚やテーブル、小物まで製作をお願いするようになり、我が家は宇野さんの作品で覆われている。量販店で買った品では決して味わうことができないオリジナルの良さだ。「地域密着で貢献したい」という意志が加わり、湘南の職人芸に磨きがかかっている。
連絡は、宇野さん(090-3345-9082)、unogomesno.5@gmail.comまで。
1964年生まれ。鵠沼の生まれ育ちでいまも居住。
89年、毎日新聞入社。
社会部記者として東京都庁や文部科学省、国会を担当。
アテネ五輪特派員、ペルー大使公邸人質事件などの海外取材も。
社説を担当する論説委員を経て、現在編集委員